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 新・つづり方通信

 「新・つづり方通信」の創刊号には、ある人のこんな文章があります。

 ―本当のことを書くためには、もっとたやすいことばで、もっと細やかに、もっと具体的なことがらを 綴らなければならないはずです。自分のものに出来たことを、自分のことばで綴りたい。
  それが新しいつづり方通信の私の課題です。―

 子どもの綴り方であれ、教師の実践記録であれ、おとなの生活記録であれ、文章を綴るときの姿勢を的確に書いてくれています。子どもも教師も親たちも自分の本当のことばを解放し再創造するために「新・つづり方通信」はあります。
 「ことば」は生活です。この通信には、生活者としての子どもが体験し考えたこと、教室や学校の内外で教師が動き学んだこと、親たちが子育てや仕事で経験し思い悩んだことが、ありのままに綴られています。「今ここにしかないことば」があります。

新・つづり方通信第29号
新つづり方通信29号
■生活綴方指導論
 「行動の再現」による思い出させ方
    ――再生的想像をするために  増田俊昭
◆解放学習の記録
 「お母さんのマンゴーのおかし ケントくんと
  ショウくんたちとたべた おいしかった」  堀本ルミ
■生活綴方の授業記録
 展開的過去形から総合的説明形の
      表現方法へ進むための橋渡し  坂田次男
◇つづり方に学ぶ
 「お父さんの仕事」(高知・小五)
 「音楽会で好きになった女の先生」(高知・小五)
□ずいそう  最後に流した涙  櫛田 誠
□緑の風 ひかるとともに(その十二) 尾崎泰子
下北山より 丸の効用  森永雅世
■解放教育と生活つづり方の結合を求めて⑭
  声の手紙に呼び戻されて  坂田次男
              仲間たちの遊歩道
新・つづり方通信第28号

◆生活つづり方・私の実践
 ことばにできない思いをつづる
    ――自分の生活課題に向き合うために  細川幹夫
 くらしをつなぐ
    ――「魔法の手みつけた」をつかって  渡辺由佳
■実践のために 薄ければ薄いままから  蔵本穂積
◇つづり方に学ぶ
 「集金」(高知・小三)  「ハメ」(高知・小四)
 「豊永駅発五時十一分の汽車」(高知・小四)
 「買い物上手」(高知・小六)
ちょっと台所 煮込みうどん  山本幹丈
□緑の風  ひかるとともに(その十一) 尾崎泰子 
□ともに歩む⑧  絹ちゃん(四) 和田千鶴
下北山より  概念くだき  森永雅世 
■解放教育と生活つづり方の結合を求めて⑬
 金の生る木  坂田次男 
仲間たちの遊歩道 

新・つづり方通信第27号
新つづり方通信27号
■主張
 学ぶということ  坂田次男
下北山より  泣いた後  森永雅世
◆生活つづり方・私の実践
 理科から生活つづり方へのアプローチ  山本幹丈
 生い立ちの上に立って生きる  櫛田 誠
◇つづり方に学ぶ
 「こまうち」(熊本・小二)「ゆずのおふろ」(高知・小三)
 「お母さん」(高知・小四)「忘れられない一日」(熊本・小五)
 「定額給付金」(大阪・小六)
◆つづり方の教室から  「うれしさ」を重ねる  中内逸郎
□緑の風  ひかるとともに(その十)  尾崎泰子
■解放教育と生活つづり方の結合を求めて⑫
 ボクは何も知らなかった  坂田次男
仲間たちの遊歩道 
新・つづり方通信第26号
新つづり方通信26号
◆生活つづり方・私の実践
 つづることを通じて表現するきっかけづくり  山本直樹
■生活綴方指導論  
 この子にこのことを―生活を綴ることと推敲(推考)下 増田俊昭
◆人権学習指導案  森知美香
◆生活つづり方指導案  坂田次男
◇つづり方に学ぶ
 「おかあちゃんがびょうきになった」(熊本・小一)
 「あらくさでほめてくれた」(高知・小三)
 「両替」(高知・小五) 「ひげそり」(大阪・小六)
草笛 ぼくたち男の子  植田精志
□緑の風  ひかるとともに(その九) 尾崎泰子
□ともにあゆむ⑦  絹ちゃん(三) 和田千鶴
■解放教育と生活つづり方の結合を求めて⑪
 感性と認識と原風景  坂田次男
仲間たちの遊歩道
新・つづり方通信第25号

新つづり方通信第28号■主張 涙を力に変える  堀本ルミ
■生活綴方指導論  
 この子にこのことを―生活を綴ることと推敲(推考)上 増田俊昭
◆生活つづり方・私の実践
 この子たちとの一年間  中尾麻美   
 綴ること語ること  河内康博
◇つづり方に学ぶ
 「つるばあちゃんがたおれたこと」(熊本・小一)
 「六月二十日はいっぱい泣いた」(高知・小四)
 「チマチョゴリ」(高知・小六)
草笛  遊び方レシピ(超能力編) 中内逸郎 
□緑の風  ひかるとともに(その八) 尾崎泰子
□ともにあゆむ⑥  絹ちゃん(二) 和田千鶴
□生きていればそれで十分⑲
 国税局や税務署がやってくる   黒岩光平 
■解放教育と生活つづり方の結合を求めて⑩
 つづることと言語認識   坂田次男
              仲間たちの遊歩道

 

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つれづれの記

    つづり方フォーラム・21へ是非参加を              坂 田 次 男

 子どもたちから生活がなくなったとか、生活から学ぶことができなくなったという嘆きがしばらく前からよく聞かれます。子どもたちがおかれている現代の状況は、確かに心配をすることが多いと思います。でもそんな今だからこそ、生活綴り方はどうしても必要だと私たちは考えています。
「新・つづり方通信第27号」に、私はこんなことを書きました。


 今は高校二年生になったまおさんが、小学校五年生のときに書いたつづり方を、私は今でも読み返す。それは、「学ぶ」ということの意味を、特に子どもにとってのそれをしみじみ考えさせられるからだ。

   今までありがとうございました                   五年 まお
 九月の中ごろのことだった。おばあちゃんの家でテレビを見ていると、おばあちゃんの友だちの井手さんという人が庭を歩いて来た。それから、窓の外からわたしの方を見て戸を開けた。井手さんはめったに来ないので、わたしは、(何があったんやろう)と思った。井手さんが、
「おばあちゃんか、ひばあちゃん、おる?」
と聞いた。わたしは、
「どこかにおると思う。」
と言いながら、まわりをさがした。おばあちゃんは、井手さんの声が聞こえたらしく、
「どうしたが?」
と言いながら奥の部屋から出てきた。井手さんが、
「けさちゃん。となりのひばあさんが亡くなったって。」
と言った。
「いつ?」
「今日の朝。」
 おばあちゃんは、
「どうしてなくなったんじゃお。」
とびっくりしたようだった。おばあちゃんはいそいで服を着て、
「となりの家へ行って来るき。」
と言って、いそいで井手さんと出て行った。わたしは、となりのひばあさんの顔を思い出していた。
 五分ぐらいたって、ひばあちゃんがおばあちゃんの部屋に来た。ひばあちやんは、畑仕事の服を着ていた。もんぺに土がついていた。わたしは、(ひばあちゃんに一応、となりのひばあちゃんが亡くなったことを伝えちょった方がいいかもしれん)と思った。でも、なんか言いにくかった。だから、勇気を出して言った。
「かめばあちゃん。あのね、となりの家のひばあさんが亡くなったと。」
 今まで元気だったひばあちゃんが静かになった。顔も下に向けて悲しそうにした。わたしは、(言わん方がよかったろうか)と思った。
 わたしは、ひばあちゃんが悲しむ気持ちはわかった。となりのひばあさんは、わたしのひばあちゃんと八十三才で同い年だし、いっしょにトキワ園という老人ホームにも行っていたし、ひばあちゃんの仲のいい人といったら、となりのひばあさんしかいないからだ。わたしは、(やっぱり言わん方がよかった)と思った。ひばあちゃんは、腰の後ろに手をまわしてうつむいて、だまって自分の部屋に行った。
 二日後の午前中、そうしきがあった。おばあちゃんとひばあちゃんとお父さんが、めったに着ない黒い服を着て出て行った。ひばあちゃんは、手押し車をついて、坂を登って行った。
 お昼ごろ、わたしと妹とお母さんは、ショッピングセンターに買い物に行った。買い物が終わって車に乗ると、お母さんが急に、
「やっぱり火そう場に行こうか。」
と言った。わたしは、
「そうやね。」
と言った。
 お母さんがエンジンをかけたとき、駐車場の前の道路をれいきゅう車が一台通った。わたしは、(あっ行った)と思った。お母さんはれいきゅう車を見ながら、
「火そう場にはもう行けんね。そのかわり、ここでお礼を言おうか。」
と言った。わたしは、(お母さんは、うちらあとかがとなりのひばあさんにお世話になったけ、本当はそうしきにも行って、火そう場にも見送りに行きたかったがやろうな)と思った。わたしたち三人は車の中で目をつぶった。わたしは、心の中で、
「今までありがとうございました。」
とつぶやいた。わたしは、なぜかわからないけど、(もうとなりのひばあさんに会えんがや。やっぱり火そう場に行って、あのひばあさんの顔を見て、最後にさようならと見送ってあげたかったな)と思った。そう思いながら家に帰った。
 家には、うちのひばあちゃんがいた。一人でテレビを見ていた。わたしは、
「かめばあちゃん。どうしたが?」
と聞いた。ひばあちゃんは、聞こえないふりをしているみたいだった。ひばあちゃんは、わたしと同じように、となりのひばあさんが亡くなったけもう会えんがやと思っているにちがいないとわたしは思った。
 その一週間、ひばあちゃんの本当の笑顔は見えなかった。

 子どもは、日々出会う人やものごとから、人間のありよう、生きることのありかたを学んでいく。少しずつ少しずつその経験から人間としての豊かさを身につけていく。でも、「豊かさ」とは何かということをあらためて考えてみると、これは簡単に答えの出るものではないようだ。私たちが求めている豊かさとは、物が多くあることでもない。心の豊かさと言われてもなんとなくあいまいで、豊かな人間性と考えても、その理想像は何かとさらに問われれば、はたと困ってしまう。
 そこで私は、別の視点から考えてみる。私たちが求めている豊かさとは、人間のさまざまな生活やそこから生まれてくる感情の複雑微妙さを、それとして感じることのできる心と体のありようではないかと。つづめていえば、繊細な人間的感性のことではないかと。
 微妙・繊細というと、一見豊かさということばの概念とは対極にあるように感じられるのだが、しかし本当はこれが豊かさの内実ではなかろうか。そうであれば、本当の豊かさとは、「ちょっと・すこし・わずか・かすか・ほのか・ささやか・こまやか・ひめやかというようなことを、さやかに感ずる能力から生まれる」(野口三千三「原初生命体としての人間」)のだと言ってもいいだろう。
 ものごとのありようが画一的になってきた時代。どこを見渡しても似たような風景。そしてまた、人間の考え方・感じ方さえもが同じものを求められるような感のある時代に私たちは生きている。だからこそ子どもたちには、本当の豊かさを身につけさせたいと思う。
 人間の感情は複雑だ。悩んだり心配したり、悲しんだり喜んだり、怒ったり笑ったり、さびしかったり不安だったり、くやしかったり晴れやかになったり、恥ずかしかったり自信を持ったり、好きになったりきらいになったり、やさしくなったり冷たくなったり、希望を持ったり絶望したり、おどろいたりがっかりしたり、いらついたり落ち着いたり…。まだまだたくさんある感情のありよう。さらに、その感情のひとつひとつにはことばでの表現がむずかしい微妙さがある。子どもたちには、この人間の感情の複雑微妙さをこそ学ばせたいと思う。学校の中での受身の勉強だけでは決して学ぶことのできないこのことを、私は生活綴り方という能動的な活動で学ばせたいと思う。それが、子どもたちを豊かな人間的成長に導くための極めて有効な方法だと考えているからだ。
 まおさんたちは四年生のときに私が担任してから、二年間にわたってほぼ毎日のように日記や綴り方を書き続けてきた。自分の身の周りに起こったさまざまなできごとを原稿用紙に書きとめてきた。まおさんの綴り方は、その過程で生まれたものだ。彼女は隣のひばあさんの死に出会った経験から、「偲ぶ」という極めて微妙で高次な人間の感情を学び始めている。綴るという活動によって、それを一過性のものにせず、自分の内部に取り込んだものとして学んでいるのだ。この綴り方を読んだとき私は、まおさんの豊かな人間的成長の芽を感じて感動したのだった。


私がここで読み返している綴り方は、今現在の教室にいる小学生のものではありませんが、数年前提起されていた課題は今はなお、のっぴきならない課題として私たちの前にあります。その課題の克服のためにつづり方フォーラム・21では、まさに今の子どもたちの綴り方が紹介されています。つづり方フォーラム・21は、子どもたちが綴ることによりなにをどんなふうに学んでいるか、その教育実践のありようはどうであるかが交流され刺激し合う場としてあります。
 「なくなった」といわれる子どもたちの生活を蘇生させるために、「学ぶことができなくなった」といわれる子どもたちに学ぶことの意味を考えさせるために、全国から是非たくさんの方々の参加を期待しています。

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